バッハは幅広いジャンルにわたって作曲を行い、オペラ以外のあらゆる曲種を手がけた。その様式は、通奏低音による和声の充填を基礎とした対位法的音楽という、バロック音楽に共通して見られるのものであるが、特に対位法的要素を重んじる傾向は強く、当時までに存在した音楽語法を集大成し、さらにそれを極限まで洗練進化させたものである。従って、バロック時代以前に主流であった対位法的なポリフォニー音楽と古典派時代以降主流となった和声的なホモフォニー音楽という2つの音楽スタイルにまたがり、結果的には音楽史上の大きな分水嶺のような存在となっている。
バッハはドイツを離れたことこそなかったが、大変に勤勉かつ勉強熱心で、幅広い音楽を吸収した。ダングルベール、リュリ、クープランなどのフランス音楽からは細部の語法や優美さ、フレスコバルディ、コレッリ、ヴィヴァルディなどのイタリア音楽からは明朗な旋律やくっきりした形式感、南ドイツの音楽(フローベルガーやパッヘルベル)に見られる暖かな叙情性、北ドイツの音楽(スウェーリンク、ヴェックマン、ブクステフーデなど)からは深い幻想性や重厚な和声感、さらにはイギリス音楽の代表者パーセルや、ルネサンス時代後期のイタリアの作曲家パレストリーナに代表される「古様式」までもを研究した。そういった様々な要素をバッハは完全に消化して、彼自身の個性に満ち溢れた偉大な音楽を創りあげたのであった。とりわけ、古典派のソナタにも比すべき論理性と音楽性を持つフーガの巨匠として名高い。
当時、ヘンデルやテレマンを含めた多くの作曲家は、作曲するにあたって、曲の大まかな形を記すにとどめ、演奏家はそれに複雑な装飾を加えるなどして演奏していた。しかしバッハは、比較的細部まで楽譜に記した点で特徴的と言える。
ベートーヴェンがバッハについて語った『和声の父祖』、『「小川(バッハ、bach)」ではなくて「大海 (Meer)」』という言葉は、現在ではドイツ音楽中心主義的な発言として批判的に語られることもあるが[要出典]、それでも、彼の遺した作品とそこに用いられた技法は、いわば西洋音楽のエッセンスを凝縮したものと言うことができるだろう。それゆえに、現代においてもなお新鮮さを失うことなく、ポップスやジャズに至るまで、あらゆる分野の音楽に応用され、多くの人びとに刺激を与え続けている。
バッハの作品はシュミーダー番号(BWV、「バッハ作品目録」 Bach Werke Verzeichnis の略)によって整理されている。「バッハ作品目録」は、1950年にヴォルフガング・シュミーダーによって編纂され、バッハの全ての作品が分野別に配列されている。また1951年からドイツのヨハン・ゼバスティアン・バッハ研究所(ゲッティンゲン)で「新バッハ全集」の編纂が開始され、1953年にバッハアルヒーフ(ライプチヒ)もこの編纂に参加するが、10年で終わると予想されていた編纂作業がドイツの東西分断など事情で難航し2007年に「新バッハ全集」103巻が完成した。「新バッハ全集」には1100の作品が収められている。現在も作品の整理が継続中である。
管弦楽・協奏曲
バッハの器楽だけによる合奏曲では、ブランデンブルク協奏曲、管弦楽組曲、複数のヴァイオリン協奏曲、チェンバロ協奏曲などがある。特にブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲には、G線上のアリアのもととなる楽章など、広く親しまれている作品が多い。 なお 4台のチェンバロのための協奏曲BWV1065は、アントニオ・ヴィヴァルディの協奏曲(協奏曲集『調和の霊感』Op.3の10、4つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲」の編曲である。
室内楽曲
室内楽曲作品はそれまで伴奏として扱われてきたチェンバロの右手パートを作曲することによって、旋律楽器と同等、もしくはそれを上回る重要性を与え、古典派の二重奏ソナタへの道を開いたヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ、フルートとチェンバロのためのソナタ、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタなどは特に重要である。なお、バッハの場合の「ソナタ」とはいわゆるバロック・ソナタ(大部分が緩・急・緩・急の4楽章からなる教会ソナタのスタイルをとる)であり、古典派以後の「ソナタ」より簡潔な形である。
器楽曲
オルガン曲
バッハの器楽曲で特に有名なものはオルガン曲である。生前のバッハはオルガンの名手として著名で、その構造にも精通していた。また聴覚に優れ、教会やホールの音響効果を精緻に判別できた。そのため、各地でオルガンが新造されたり、改造された際にはたびたび楽器の鑑定に招かれ、的確なアドバイスとあわせて即興演奏をはじめとした名技を披露し、聴衆に圧倒的な印象を与えたと伝えられている。『故人略伝』が伝える有名な逸話として、1717年、ドレスデンにおいてフランスの神童と謳われたルイ・マルシャンと対戦することになった際、マルシャンはバッハの余りに卓越した演奏に恐れを為して対戦当日に逃げ出し、結果バッハの不戦勝となったという。
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バッハのオルガン作品は、コラールに基づいた「コラール編曲」と、コラールに基づかない「自由作品」(前奏曲、トッカータやフーガなど)の2つに分類される。楽曲の特徴としては、足鍵盤パートが完全に独立した声部として重視されている点が挙げられる。また、北ドイツ・オルガン楽派の影響を受けた初期作品の奔放な幻想性から、後期作品の古典的完成美までの様式的進展を跡付けることも可能である。現存する主要作品は、30曲余りの自由作品と、コラール前奏曲の4つの集成(オルガン小曲集を含む)、 いくつかのコラール変奏曲である。
クラヴィーア曲
バッハの時代には、ピアノはまだ普及するにいたっておらず、彼のクラヴィーア(オルガン以外の鍵盤楽器の総称)作品は、概ねチェンバロやクラヴィコードのために書かれたものとされている。その多くはケーテンの宮廷楽長時代に何らかの起源を持ち、息子や弟子の教育に対する配慮もうかがえるものとなっている。練習曲であるが、非常に美しく、また難易度も高い。
平均律クラヴィーア曲集 (Das wohltemperierte Klavier 独)(全2巻、第1巻 BWV846‐BWV869、第2巻 BWV870‐BWV893) - 長短24調による48の前奏曲とフーガ。ベートーヴェンのソナタがピアノの新約聖書と称されるが、このバッハの平均律クラヴィーア曲集はピアノの旧約聖書と称される。音楽史上もっとも重要な作品群である。
クラヴィーア練習曲集(全4巻、第1巻「パルティータ」BWV825‐BWV830、第2巻「フランス風序曲」BWV831及び「イタリア協奏曲」BWV971、第3巻「前奏曲とフーガ変ホ長調」BWV552、コラール編曲BWV669‐689及び「デュエット」BWV802‐805、第4巻「ゴルトベルク変奏曲」BWV988) - バッハが生前に出版した鍵盤作品集。第1巻、第2巻及び第4巻は手鍵盤のための作品だが、第3巻には足鍵盤つきのオルガン曲が多く含まれている。
その他器楽曲
旋律楽器のための無伴奏作品集には無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ、無伴奏チェロ組曲の2つがある(この他、無伴奏フルートのためのパルティータが1曲ある)。これらは、それぞれの楽器の能力の限界に迫って多声的に書かれた驚くべき作品群であり、それぞれの楽器の演奏者にとっては聖典的な存在となっている。特に、無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番の終曲にあたるシャコンヌは非常に人気の高い作品で、オーケストラ用やピアノ用など、19世紀以降様々な編曲が行われている。
また、無伴奏作品が注目されがちなバッハであるが、旋律楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、フルート)とチェンバロのためのソナタも残しており、これらはチェンバロのパートが当時(彼の息子の時代になっても)一般的であった通奏低音にとどまらず右手があたかもひとつの旋律楽器のように扱われている(オブリガート)点でトリオ・ソナタの形式を応用したものといえ、あるいは後の古典派以降のソナタにつながる作品群ともいえる。
声楽曲
バッハはその音楽的経歴の大部分を教会音楽家として送り、宗教的声楽曲は彼の作品群の中でも非常に重要な位置を占める。特に、ライプツィヒ時代の初期数年間においては、毎日曜日の礼拝にあわせて年間50~60曲ほど必要となるカンタータをほぼ毎週作曲、上演するという、驚異的な活動を行った。
ちなみに、彼は、宗教曲の清書自筆譜の冒頭に「JJ」(羅:Jesu juva!=イエスよ、助けたまえ)と、最後に「SDG」(羅:Soli Deo Gloria!=ただ神のみに栄光を)と書き込むことを常としていた。
今日残されているのは、ドイツ語による約200曲の教会カンタータ、2つの受難曲と3つのオラトリオ、6曲のモテット、ラテン語によるマニフィカト1曲、小ミサ曲4曲と大ミサ曲1曲が主要なものである(ドイツ語作品では、ルター派の伝統に立脚したコラールが音楽的な基礎となっていることが多い)。これらはテクストの内容に密着しながらも、それを越える深い人間的な感情に満たされており、われわれに慰めをあたえてくれる傑作の宝庫である。
また、それとは別に、宗教的な題材によらない約20曲の世俗カンタータもある。目的は様々で、領主への表敬、結婚式や誕生日祝い、さらにコーヒー店での演奏会用の作品と見られるもの(『コーヒー・カンタータ』、BWV.211)もある。その中にはしばしばユーモアが滲み出ており、バッハの人間性にじかに触れるかのような楽しさが感じられる。なお、テクストを取り替えること(パロディと呼ばれる)によって宗教的作品に転用されたものも存在する。
マタイ受難曲 (Matthäuspassion) BWV244
古今の宗教音楽の最高峰のひとつとされ、2部全68曲(曲数は新バッハ全集 (NBA) の数え方による)からなる。1727年にライプツィヒにて初演された。後世、メンデルスゾーンによって取り上げられ、バッハを一般に再認識させるきっかけとなったと言われている。
ミサ曲 ロ短調 (MESSE in h-moll) BWV232
ミサ曲ロ短調は「バッハ合唱曲の最高傑作」と称されている。最初の2つの部分、キリエ(Kyrie )及びグローリア(Gloria ) は1733年に、サンクトゥス (Sanctus ) が1724年に書かれ、残り大半は1747年から49年にかけて既存作品を利用しつつ作曲された。最近の研究では、バッハが最後に完成させた曲とされる。
マニフィカト BWV243
ラテン語の歌詞を伴う明るい作品であり、他のカンタータなどのようにドイツ語の歌詞やコラールを伴わない。深刻な音楽を好まないラテン系の諸国においては、バッハの作品として人気が高い。
特殊作品
バッハが特に晩年になってから手がけた様々な対位法的作品群が、一般に特殊作品として分類されている。作曲技法が手段ではなく目的となっている点で特殊といえる。音楽の捧げものBWV1079やフーガの技法BWV1080に代表される。この2つの作品は、いずれも1つの主題に基づいて作られており、フーガあるいはカノンの様々な様式が用いられている。
このほか特殊作品として、幾つかの単独のカノンや14のカノンBWV1087がある。カノン風変奏曲「高き御空より」BWV769もここに含まれるべきであるが、楽器指定が明確であるためオルガン曲として分類されている。