2009年06月21日

ムー大陸(ムーたいりく/英: Mu)とは

ムー大陸(ムーたいりく/英: Mu)とは、ジェームズ・チャーチワードの著作によると、今から約1万2000年前に太平洋にあったとされる失われた大陸とその文明をさす。イースター島やポリネシアの島々を難を逃れた名残であるとする説もあった。しかし、ムー大陸の決定的な証拠となる遺跡遺物などは存在せず、海底調査でも巨大大陸が海没したことを示唆するいかなる証拠も見つかっておらず、大陸の存在自体が科学的に否定されている。氷河期の終焉による海面上昇によって水没した大陸棚とする説もあるが、そもそもが創作であるため、なんら考察に値しない。

1862年頃フランスの聖職者シャルル=エティエンヌ・ブラッスール・ド・ブルブール (Abbé Charles-Étienne Brasseur de Bourbourg, 1814–1874)は、マドリードの王立歴史学会の図書室でユカタン司教ディエゴ・デ・ランダ・カルデロン (1524–1579)が書き残した『ユカタン事物記』を発見し、 マヤ文字とスペイン語のアルファベットを対照させた表 (ランダ・アルファベット) を見出した。ブラッスールはランダ・アルファベットを使ってトロアノ絵文書をキチェ語で解読し、トロアノ絵文書には「ムー」 (Mu) と呼ばれる王国が大災害によって陥没した伝説が描かれおり、アトランティス伝説と類似性があると1863年に発表した。実際のマヤ文字は表語文字と音節文字が混ざった複雑な体系であり、近年の解読によりこの翻訳が完全に誤りであったことが証明されているが(マヤ文字参照)、この論文により「ムー」という単語が生まれた。
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アメリカの政治家イグネイシャス・ロヨーラ・ドネリー (Ignatius Loyola Donnelly, 1831–1901) は1882年発表の『アトランティス―大洪水前の世界』 (Atlantis, the Antediluvian World) の中で、ブラッスールによるトロアノ絵文書の解読を新大陸の文明がアトランティス文明の末裔であることの重要な証拠として引用し、ムー王国の話が有名になった。またジャージー島出身の遺跡写真家として知られるオーギュスト・ル・プロンジョン (Augustus Le Plongeon, 1825–1908)もランダ・アルファベットによりトロアノ絵文書を翻訳し、アトランティス大陸崩壊後にムーの女王モーがエジプトに渡り、女神イシスとしてエジプト文明を作ったと主張した。
英国陸軍には在籍の記録がないが、英国陸軍大佐を詐称していたアメリカ合衆国の作家、ジェームズ・チャーチワードによる説。彼は『失われたムー大陸』等の一連の著作で、太陽神の化身である帝王ラ・ムーを君主とした帝国が全土を支配し、白人が支配者である超古代文明が繁栄していたが、神の怒りを買い、一夜にして海底に沈没したと主張した。

チャーチワードによれば、1868年、16歳のときインドに従軍し、現地のヒンドゥー教の寺院の高僧が、寺院の門外不出の粘土板「ナーカル碑文(Naacal tablets)」を見せてくれたという。それには、ムー大陸(チャーチワードによると発音はMOO)の記録が絵文字で彫られていた。また、ウィリアム・ニーヴン(William Niven)なる米国の技師がメキシコで発見したという古代の石板からも、「ナーカル碑文」と同じ絵文字が記されていたという。それらを含めて、種々の古代文献を挙げて、ムー大陸が実在した証拠としている。さらに、チャーチワードは旧約聖書の『創世記』の物語はムー大陸滅亡の記録であると主張している。

しかしチャーチワードは、それら古代文献を翻訳した引用文しか発表せず、肝心の古代文献の原典そのものを証拠として示していない。特にその古代文献の中には、今もって解読されていないイースター島の碑文(ラパヌイ文字またはロンゴロンゴ文字と呼ばれるもので、実は文字であるかどうかも解っていない)が含まれており、明らかに創作である。

2009年06月04日

神秘主義(しんぴしゅぎ)とは

人智の及ばない事物(神秘)が存在するとする考え方である。英語の mysticism の訳語にあたるが、 mysticism は、この立場での神学や哲学を指すこともあり、この場合は神秘主義思想、あるいは神秘思想と訳される。

神秘主義思想には、神秘を体験するための技法や体系などを含むが、合理的、科学的な手法を批判的に捉える傾向がある。だが、自然科学で得られた知見を体系に取り入れることも、また多い。
神秘とは、人間がその知識や能力をもってしても全容を把握する(=知る)ことができない事物のことで、神や、「究極の真実」「霊的世界」などがこれに含まれる。 日本語では神が秘めたること(もの)という意味。 日本文明圏においては神とはもともと先祖(かみ=上;時間的な先人)という意味から発し、それが秘め(隠し)たことという語意となる。隠す場合、(多神教的)社会システムの変化、王朝とその宗教神話の変化、王権と政治的権威の変容、イデオロギーや思想の革命的断絶に伴い、その前の世代の発言を歴史的に抹殺しようとする価値変革を伴う歴史の力にあがなっても貴重であると思われる一種の価値。あるいは現代思想を突き破る古層性を秘めた価値のこと。
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人間は、一般的な事物について、それを言葉などで表現して伝えることができる。だが、神秘は、人間が把握している既存の事物との関連で表現することができない。すなわち、神秘は三次元的な科学的経験、あるいは法則として知覚することはできず、霊的世界などを直接体験したり、間接的に認識することによってのみ、知ることができる。という見方もあるが、三次元的な空間に歴史という時間軸を入れた四次元的なものの見方の特に情熱的な形態をとった見方。

例えば、光を見たことのない盲人に、光を見るのがどんな感じなのかを伝えることは難しい。光を見るという体験を、その他の感覚、聴覚や触覚、味覚、嗅覚で説明することはできない。神秘とは、そのようなものだといわれる。それをマトモに付き合う必要はないが重要なのはそういう思想的考古学により一種の哲学が宿る情況が現れる。そういった意味でニーチェなどもギリシャ悲劇を原点に重要な現代の弱点を指摘し続けている。

また、体験することも知ることもできない神秘が、最終的に残るとする考え方もある。

2009年05月01日

モノカルチャー

モノカルチャー(mono culture)とは、直訳するとmono(単一)のculture(栽培/文化)であり、多くの場合、単一の農作物を生産する農業形態を指す。

近年ではモノカルチャー精神やモノカルチャー経済として単一の精神、単一の経済 と言った使い方もされている。

植民地化された土地で、支配国で需要の高い農作物を集中的に生産させた事が始まりである。例えば、オランダ領東インド(現在のインドネシア)における商品作物の強制栽培制度があげられる。これにより、支配国は効率よく農作物を得ることができた。1944年にメキシコで実施された緑の革命もモノカルチャーである。

代表的な作物にサトウキビ、天然ゴム、トウモロコシ、穀物、パルプ、コーヒー豆などがある。多くは主食たりえないものばかりであり、現地住民は商品経済に組み込まれ自給能力を失い、飢餓の原因ともなった。

また、特定の産業に力を入れたためにそれ以外の産業が発達しなかった。

また多くの旧植民地は独立後、様々な産業を発達させる努力をしているが、そのために必要な資金を得るために植民地時代の輸出品に頼らないといけない国もあり、モノカルチャーへの依存から脱却できていないことが多い。

複数の作物を生産する事に比べ単一の農作物を生産する事は、技術的にも単一で済む事もあり効率的である。
一度に大量の作物を生産する事が出来るので、飢饉を防ぐために行われた。
企業が安値で安定した作物を作るために発展途上国で単一栽培されている。
対象者のメリットが大きい反面、環境破壊や貧富の差が顕著に現れてしまうなど、多くの問題が露呈している。

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効率よく利益を得られる事から、従来品種の消滅に拍車がかかり、生物多様性が失われる。
効率化により生産国の伝統文化が失われてしまう危険性が高い。
大規模な田畑を生み出すための森林伐採や焼畑農業によって土地が枯れてしまい砂漠化を引き起こしている。
天災・病害虫等によって、全滅してしまった場合のリスクが高い。
国際市場での価格変動に国民経済が左右される。たとえばある作物の価格が下落すると、その作物に依存した国の経済や国民の収入は打撃を受け、貧困が広がる。

2009年04月16日

タデ科

タデ科(たでか、Polygonaceae)は双子葉植物の分類群のひとつ。
約800種の草本または低木(つる性もある)を含み、北半球の温帯を中心に世界的に分布する。属レベルの分類は必ずしも確定していない(例えばPolygonum 属 [タデ属またはミチヤナギ属] をまとめる説と数属に分ける説とがある)が、30~45属ほどに分けられている。日本には65種ほど(3-7属)自生する。

花は子房上位で放射相称、がくと花弁の区別はなく花被片は4から6個で、花後も宿存して果実を包むものが多い。総状または穂状花序をなす。果実は偏平または3稜形で種子を1個含む。托葉があり、鞘状に茎を抱くものが多いが、広がって本物の葉と同じくらい大きくなるものもある。

利用 [編集]
最も経済的に重要なものは、穀物のソバである。また野菜・香辛料とされるルバーブやヤナギタデ(普通タデと呼ばれる)、また漢方薬などの薬用にされるダイオウ(大黄)やツルドクダミ(何首烏)がある。

雑草とされるものの中にも、ヨーロッパで野菜とされるスイバや、山菜のイタドリがある。

アイはかつて染料として使われた。

またミズヒキやタデ類の一部などが観賞用に栽培される。

分類 [編集]
オンタデ属 Aconogonum : オンタデ、オヤマソバなど。
ミズヒキ属 Antenoron : ミズヒキなど。
ソバ属 Fagopyrum : ソバ、ダッタンソバなど。
イヌタデ属 Persicaria : ヒメツルソバ、ママコノシリヌグイ、イシミカワ、ナツノウナギツカミ、ホソバノウナギツカミ、アラゲタデなど。
タデ属(ミチヤナギ属) Polygonum : ヤナギタデ、イヌタデ、ツルドクダミ、ミゾソバ、アイなど。
イタドリ属 Reynoutria : イタドリなど。
ダイオウ属 Rheum: ダイオウ、ルバーブなど。
スイバ属 Rumex : スイバ、ヒメスイバ、ギシギシなど。
クロンキスト体系では単独でタデ目としているが、新しいAPG植物分類体系ではナデシコ目に入れている。

カツサン オーダー メルトン キートーン 市田柿 オーララ ミルク 総合山風 スズラン レングス もくず フリル ジスト カッター チュニジ 紅の空 ピンプリ 凪笛 蜃気楼 除の鐘 パトロール オーバー リンター ダイア ヒプノ フィート ズーム ミニコミ 総合大河 マシン トッシュ テトラード フラワー シーエス ラカイト フシグロ トラッ オパール ネービー リスク ザーボード ボエポン ダイジ マター スケール セクト アスン アサイン チューン アース

2009年04月01日

ノイバラ

ノイバラ(野茨、学名:Rosa multiflora)は、バラ科の落葉性のつる性低木。日本のノバラの代表的な種。沖縄以外の日本各地の山野に多く自生する。ノバラ(野薔薇)ともいう。

特徴 [編集]
高さは2mぐらいになる。葉は奇数羽状複葉で、小葉は楕円形、表面に艶がない。花期は5~6月。枝の端に白色または淡紅色の花を散房状につける。個々の花は白く丸い花びらが5弁あり、雄しべは黄色、香りがある。
スチック プロパ セッター スロープ サブセ ソンソ キラウエ くるくる デイユース ニクロム ルーガル ドードー トリコロ マリン ハイチ キュー ナビユー ワンダラー カバレ ファイト さやえん カスミソウ グラフ ラードツ リング シンプル パイロー サイン ワーク ワイヤ スペルラ ファイラー スペアイト ナビドウ クトリン スープ ドット スイート 弥生姫 クレド タフネス ダーク フレーバ アッラー フロー リキッド クチュリ フォア ザンス ファイブ

近縁種にテリハノイバラがあり、こちらは葉の表面にクチクラ層が発達しているため、艶がある。

利害 [編集]
道端にも多く出現し、棘が多いので雑草としてはいやがられる。刈り入れられても根本から萌芽し、根絶は難しい。

他方、果実は営実(エイジツ)と称し寫下薬、利尿薬になり、日本薬局方にも記載されている。また、バラの園芸品種に房咲き性をもたらした原種であり、日本では接ぎ木の台木に使用される。

古くはうまらと呼ばれ万葉集にも歌われている[1]。

道の辺の うまらの末(うれ)に 這(は)ほ豆の からまる君を はなれか行かむ
丈部鳥(はせつかべのとり)  巻二十 4352

2009年03月18日

熊瀬川王子

熊瀬川王子(くませがわおうじ)は、小広峠を下って熊瀬川をわたり、草鞋峠へ登る道の傍らにある。地名としての熊瀬川は、『承元参詣記』5月1日の条で、熊瀬川で昼食を取ったという記述である。『寛喜参詣記』では、11月5日に近露を発ち、やはり熊瀬川で昼食をとったと述べられている。

しかし、「熊背川王子」の名が見出される史料はわずかに『熊野縁起』1篇に過ぎない。また、王子間の平均的な距離は2kmから3kmほどあるが、小広王子からの距離はせいぜい1kmほどしかなく、設立年代も含めて疑問が残る。

熊瀬川とはもともと、小広峠一帯を源流域とする谷川だが、同時に草鞋峠の登り口一帯を指す地名であって、その旨が1739年(元文4年)の『熊野めぐり』に明言されている。また、『続風土記』では「小名熊瀬河は小広峠にあり」としている。これらの史料からすると、小広王子と熊瀬川王子とは同一である、あるいは、そもそも熊瀬川王子は存在しなかったとする、可能性を指摘することが出来る。
岩神王子(いわがみおうじ)は、中辺路の難所として知られた岩神峠にたたずんでいる。

熊瀬川をわたって草鞋峠を越え、そこから坂道を下って、栃ノ河(とちのごう、または「栃の川」とも)の河原にたどりつく。この栃ノ河は付近に栃の木が多かったことから名づけられたといい、『中右記』にも「都千の谷(とちのたに)」なる記述があらわれている。

江戸時代頃から、この谷を挟んで両側の峠への坂をそれぞれ女坂(草鞋峠側)、男坂(岩神峠側)、両方を合わせて女夫(めおと)坂と呼ぶようになり、これにちなんで河原にあった茶屋は仲人茶屋と称されたという。江戸時代後期にここを旅した文人の関心を惹いたようである。栃ノ河の河原から、ところどころに石畳の残された男坂を登ると、小さな切通し状の峠の北側に王子址がある。
ファナテ ピータ ロール ネット ズック リゾラバ 君の瞳 バラブル ハンズ グラジ カナル ウェア ポテト イオン トッピグ タイペイ ライボー ナビスカ セリング サーマル リシン ぐんじょ かぼちゃ ワラビ ジェトロ 中葉春菊 てつむぎ スケボー ヨセミ カノ最新 カーゴ たかのす クチン マツバ 紅葉坂 リミット セイウチ 曼珠沙華 ブレード ワンマ イエロー スクリ キラー ヒュー フリージ スチナ さいさく パピル ライク キッズ

『中右記』10月25日の条には、「石上の多介(いしがみのたわ)」の王子に参拝したとの記述がある。この時、近くに地方から熊野詣に参る途中の盲者がうずくまっており、宗忠は食料を与えたと述べている。

王子の名は『愚記』には「イハ神」、『建保御幸記』の参詣記には「石神」とあり、岩神の表記が定着するのは江戸時代以降のことである。江戸時代中期、享保・元文年間の頃までは茅葺の小祠が祀られていたが、寛政の頃には破損して扉も無く、囲い板も失われていた。『続風土記』が編纂された江戸時代後期には、社も印も無い旧址と化しているにもかかわらず、毎年祭日になると神酒が供えられていたと述べられている。

明治期になってからの合祀廃絶も早く、1877年(明治10年)に湯川王子(次述)に合祀されたことに加え、峠道が廃道になったことから長らく所在地が不明になっていた。しかし、1965年(昭和40年)に道湯川林道が開かれて、近辺の山林へのアクセスが容易になったことで、峠越えの旧道が確認され、次いで1960年代末頃から西律の調査[西 1987:39-44]や中辺路町の関係者の努力により王子の位置が明らかにされたものである。

所在地 田辺市中辺路町道湯川岩神222

湯川王子 [編集]
湯川王子(ゆかわおうじ)は、岩神峠のふもと、湯川川の源流域の谷間にある。『為房参詣記』は、三階(みこし、現在の三越峠)の手前に内湯川(うちゆかわ)なる地名を記している。王子の名の初見は、『愚記』の藤原定家の参詣記にある「湯河王子」、『承元参詣記』にある「湯川王子」の記述であり、このころに湯川王子の名が定着したと見られる。参詣の途上、宿泊や休憩をすることが多く、皇族・貴紳の宿所が設けられた。

湯川一帯は、戦国時代に御坊平野を中心に紀南に威勢を誇った湯川氏の発祥の地とする伝承があり、1427年(応永34年)に足利義満の側室・北野殿が参詣した際には、奥湯川氏を名乗る豪族の一党が兵を従えて接遇を行っている。

江戸時代には、本宮の湯川(下湯川村)と区別するために道湯川村(どうゆかわむら)と呼ばれ、王子は若一王子社として祀られた。明治期には王子神社と呼ばれ、住人たちの氏神であったが、明治末年に社殿を残して金毘羅神社(元・近野神社)に合祀された。道湯川村はもともと山中の小集落であった。国道311号線が三越峠の険路を避けて敷かれたことで、交通路から取り残されたこともあって住人の退去が進み、1956年(昭和31年)には無住の地となった。現社殿は、1983年(昭和58年)に再建されたものであり、以来、旧住人たちによる湯川会が祭祀を執り行っている。

2009年03月02日

アルデバランの時計台の現在の内部構造

ピリペバリセズ
アルデバランの時計台の現在の内部構造を作った三大錬金術師のひとり。旅の途中、魔女メロシュプムに壊滅されられていた北の小さな町で、スノウノウを再生させてルティエに運んだ。
魔女メロプシュム
魔剣テルフィングを所持する魔女。魔剣を持つ4人の戦士(タウスプ、ロックハ、ロチト、エメラルハンダス)との魔女戦争の末、コモドの地に封印された。
魔剣士ウォン
魔道に通じた東方出身の剣士。剣神の称号を持ち、世界を動かす10大人物の1人とされている。「魔剣を運ぶ者」とも呼ばれており、魔界から魔剣を召喚することができる。また、十数年にゾナダンニリリヤ達がタートルアイランドに到達するよりも早く、タートルアイランドを訪れていた。強い者と戦うことを望んで魔女メロプシュムが居るというコモドに訪れたが、ずいぶん昔に封印されてしまっていた。
マウォング
各ミニゲームの考案者。難病を治す知識を持っている。博学にして洒落者。
バルムント
300年程前に活躍した大賢者として知られる。A.W667年生まれ。貧しい家の生まれで正規の教育を受けることができなかったが、天才であったため同じ村に住むヘッジー教授に預けられる。14歳でジュノー国立大学に推薦入学、学問や芸術などあらゆる分野で才能を発揮、21歳で最年少の大学教授となる。それまでタブーとされていた古代文明の遺跡発掘に着手、学界から発掘費用の支援を受けられず頓挫していたところに、レゲンシュルムが目を付けてパトロンとなる。そして遺跡調査により古代科学を解明していく。その後、A.W.700年にレゲンシュルム研究所に迎えられレゲンシュルム擬似ユミルの心臓研究室に所属。ガーディアン制作のため発掘済みの古代遺跡に残されてる巨大な人型の有機体を単独で再調査した際、人間女性としか思えない有機体を発見、その魔力の痕跡をたどる旅に出発、大陸中を旅してタナトスタワーを発見したが公表することなく再封印している。
その後、長年の研究の末に擬似ユミルの心臓を作り出し、それを動力源にすることでガーディアンなど理論上の夢だったものが次々と実現してく。しかし、擬似ユミルの心臓の研究を続けると世に悲しみをもたらすことになると考え完成状態の擬似ユミルの心臓を破壊、助手のヘリコに自分の考えをメッセージとして残し研究所を去った。この事によりプロジェクトの大半が停止・凍結され、レゲンシュルムはバルムントの抜けた穴を埋めるべく有機体であるガーディアンの研究を進めるために人体実験に手を染めていき生体研究所を設立する。また、本物のユミルの心臓の欠片を武力によって強奪することに反対して裏から擬似ユミルの心臓開発を支援していたアルナベルツ教国の穏健派の権力衰退と、急進派の台頭を招くことにもなった。そして残された資料から作られた擬似ユミルの心臓(ルーン機関)は、バルムントの研究を欠いた不完全な状態のままガーディアンや飛行船などに実用化されている。レゲンシュルムではユミルの心臓のイミテーションであるルーン機関を完全なものとする「バルムントプロジェクト」なる計画が進められているが詳細不明。
レゲンシュルムの研究所を去った後、自宅を堅固な研究室に改装。単独で古代文明の研究を重ね、創作物の中には古代文明のオートマータであるアリスを完全再現したものまであったという。
A.W781年に、実用配備されたガーディアンの誤作動で共和国守備隊所属の傭兵が死亡する事件が発生、レッケンベル社が事件の揉み消しを謀ったため以前からガーディアン配備に反発していた各傭兵団が呼応して「傭兵反乱」事件を起こす。ガーディアン配備の反対を唱えていたバルムントはガーディアンに敗れた傭兵団を自宅に受け入れたが、レッケンベル社のガーディアンがバルムントの邸宅を包囲、篭城していた傭兵団を殲滅してバルムントの創作物や資料などを持ち去った。バルムントはこの際に姿をくらまし、現在は消息不明。なおこの事件はレッケンベル社の情報操作により世間一般では、ガーディアンに職を追われそうになった傭兵団がバルムントを恨んで邸宅を襲撃・占拠して、共和国守備隊との交戦時の出火でバルムントの邸宅にあった創作物や資料などは全て焼失したことになっている。
(ゲーム中に登場するバルムントの伝記はA.W1003年の発行となっている。200-300年程昔に活躍した人物であるが、傭兵反乱の生き残りは故人であるものの近年までは老齢ながら存命しており、ヘリコは現在でも存命している。)
魔剣士タナトス
約400年前、死闘の末に魔王モロクを現在のモロク城に封印した英雄と言われている。
タナトスタワーの最上階にあるゲートをタナトスの残留思念が守っているが、その経緯は不明。またバルムントの手記によると、残留思念の魔力の波長は彼女(下記参照)に似ていたというが関係も不明。
彼女
とある発掘済みのジュピロス遺跡を再調査中のバルムントが発見した、人間の女性としか思えない正体不明の有機体。眠り続けながらも独特の波長の魔力を放っており、若き日のバルムントが大陸中に残るその魔力の痕跡を調査したところ、彼女はタナトスタワーにある魔界とのゲートから魔王モロクが出現したときタナトスタワー内で交戦して撃退していることが分かったという。その戦いに参加した彼女の仲間たちは現在のモロクの地に逃げた魔王モロクを追ったが、彼女自身の足跡は塔内で途切れており、その後ジュピロス遺跡で眠りについた経緯も不明。

オマージュ
NPCの名前や台詞などに他のアニメ作品・ゲーム作品・その他のホビーなどから付けられたものが、しばしば登場する。

松本零士
コモドに登場するNPC、ロックハ、ロチト、ロツテ、エメラルハンダス、メロプシュム。
それぞれ、ハーロック、大山トチロー、星野鉄郎、エメラルダス、プロメシュームに由来。
アインベフの駅に登場するマテルは銀河鉄道999のメーテルに由来。彼女はメーテルのかぶっている帽子に良く似たアイテムを作ってくれる。
魔動王グランゾート
「ホロレチュチュパレロ」という呪文。
マジンガーZ
ジュノーの「超合金Z」。
ファイナルファンタジータクティクス
原作者がファンであり、原作漫画「ラグナロク」との関連もあって開発初期に製作されたキャラのデザインに表れている。
アークトゥルス
アークトゥルスはラグナロクオンラインの開発元であるグラビティ社が制作したゲームソフト。イズルードにアークトゥルスの主人公2人シズとマリアがNPCとして居る。
プロンテラ南の入り口付近にいるNPCネリュオッドがある人物に無理やり名前を変えさせられたという話を聞くことが出来る。これもオマージュで、エリュアードという人物が同じ名前の吟遊詩人の名前を無理やり「ネリュアード」に変えるイベントがアークトゥルスにもある。
魔法などにもアークトゥルス由来のものがある。3Dの背景に2Dのキャラクタを組み合わせるというラグナロクオンラインのヴィジュアル面での基幹となるシステムはここから流用されている。
自動車
アルデバランに登場するレーサーのNPC「RS125」と、その会話に登場する兄「996」と兄を打ち負かしたフェイヨンの少女「ハバナ」。
RS125(アプリリアのオートバイ、またはホンダから市販されるレース専用車両、あるいはタイホンダで生産されるオートバイ)、996(ポルシェのスポーツカー、またはドカティの大型バイク)、ハバナ(アプリリアのスクーター,モヒート)。
マニャック フォーク 苺姫 夕べの鐘 オロシ メイド セル チウム スケート オカラヌス ジャグ スマイル 平安夢 リッジ ブング トランプ クション カセット スピリ ラフォーン シーダ トリプル ビロード ウエルト リング ネゲブ あかぼり ピグミー ラッフル シンカー リスク だいふく マシン バルク フリスビー キエフ ミルミル マルキ タッチ セグメント ネブラス セニョー ハマス とりゅふ アップ リヤス ラピス べにかば メモ スキーデ

ディスコミュニケーション
アマツフィールド内の神社に「狐仮面 タケフミ」、「巫女 トカコ」が配置されているが、ディスコミュニケーションの主人公、「松笛篁臣」、「戸川安里香」に酷似している

2009年02月12日

大陸にある国々は領土と信仰を巡り

世界観は基本的には中世ヨーロッパを下敷きにしたオーソドックスなファンタジー世界「剣と魔法の物語」である。
リーゼント ミニスト 検索うり きえいよこ マンテ コニャック デュレ ピッコロ サイレン ブリストル カレワラ タワー国内 システ はけご フィット 砂時計 ドレート シェフレラ リラキ 純潔 プランナ モダニスト オフサイド サステナ チリソース フクシア ブルー タグボ ゴスペル ラシャ テキント ファロス うばざくら パンドラ エレガ チャネリ オート 紅梅 チキク イオ次 ブラック ドアチェーン パドル ローラシ かいこう 亀王 クロノ タックル マンス インワン


主な舞台となるのは1000年の歴史を持つミッドランド王国を中心に物語は進み、大陸にある国々は領土と信仰を巡り、過去幾度と無く争いを続けている。人間以外にも超自然的な生物が存在するが世界からはほぼ姿を消し、一方で人外の化物が人間を脅かし、超越的な存在が人間世界の運命と未来を掌握している。「因果」あるいは「因果律」という過去に起きた何らかの事象を再び巡るという形で世界の理が動いている模様。

太古にはアニミズムが宗教の規範となっていたが、ある時点から急速に衰退し、代わりに、シャーマニズムや偶像崇拝といった宗教が台頭、主流になっており。本作中の人間社会は完全な階級制度で、賦役の義務や、領主、教会に対して税を払う義務があるなど農奴制が取られ、豪農といった階級は見受けられず、法などの権力は特権階級のものとなっている。国家は主に君主制で成り立っており、その周辺諸国は冊封体制を執っている。また貿易などの商品取引業や銀行業務が存在するが銀行券及び紙幣といったものは見られず金貨や銀貨など本位貨幣となっている。

技術的には大砲や火薬は既に開発されているが携帯用銃器類はまだ一部のみという段階で、戦闘は剣・槍・弓矢、などが主要武器となっており、軍用艦や海賊船などは帆船が一般的となっている。魔法に関しては、魔術士や巫女、呪術師と呼ばれる者が登場し、様々な能力を駆使する。ただ、他のファンタジー作品に見られるような、炎や雷撃を術者が直接飛ばすといった形ではなく、幽界に干渉して精霊などを使役し間接的に現世に影響を与えるという呪術的なものが中心となっている。

ストーリー
身の丈を超える大剣を振るう黒い剣士ガッツを主人公とする大河ファンタジー。裏切られた復讐と守るべき者の二つを架せ、運命に抗い、踠き続ける。

黒い剣士(1 - 3巻)
使徒狩りに奔走する「黒い剣士」ガッツは、ある酒場で妖精パックを助けた。これ切っ掛けに、ガッツはコカ城に君臨する使徒の盗賊団首領や異教徒狩りを繰り広げる「伯爵」といった使徒と死闘を繰り広げた末に「蝕」が発生する。

ベルセルクの序章。ガッツの復讐の旅の一場面から、使徒、烙印、ベヘリット、ゴッド・ハンドなど、ガッツを取り巻く魔の存在やベルセルクの世界観が描かれる。

黄金時代(3 - 14巻)
序章から時を遡り、ガッツの幼年期から復讐の旅に出るまでを描いた長篇。[4]。

幼年期
泥の中の嬰児を傭兵団に拾われ、邪険に扱われながらも戦士として成長していく。ある事件で追われる身となったガッツはその傭兵団を脱走し、幼い身で単身、戦地を転々とする中、城の攻防戦において賞金稼ぎで闘っていたガッツ少年に「鷹の団」の団長グリフィスが目をつける。
百年戦争
ガッツが鷹の団に入団して3年、鷹の団は躍進を遂げミッドランド王国正規軍となり、チューダー帝国軍を相手に次々と戦功を挙げて行く。そんな中、ガッツは漫然と剣を振るう自身に意義を問いかけるようになる。
不死のゾッドの預言、プロムローズ館での出来事、「夢のかがり火」など、後の展開に係わる重要なシーンが数多く存在する。

漠然とした目標で鷹の団を抜けたガッツは、その晩、髑髏の騎士と遭遇し預言を宣告される。ガッツの退団で自暴自棄になったグリフィスは王女と私通。が、父である国王の逆鱗に触れ囚われ、鷹の団は逆賊としてミッドランドから追われる事となる。1年後、ガッツと鷹の団残党によってグリフィスは牢獄から救出。流浪中多くの犠牲が出た鷹の団を立て直そうとするも、グリフィスは己の夢が潰えた事を実感、絶望し怪異が起こる。

断罪篇(14 - 21巻)
ガッツは「蝕」から辛うじて共に生き延びたキャスカをゴドーの坑道に匿い、新たな鎧と「連射式ボウガン」「大砲付き義手」と「ドラゴンころし」を手にし。使徒狩りの旅に出る。

1 - 3巻以降に時系列が移り伯爵を倒した後のガッツと使徒や使徒もどきとの戦闘が描かれる。時系列的には黄金時代→黒い剣士→断罪篇以降の順に繋がる。

ロスト・チルドレンの章
「蝕」から2年後、「霧の谷」近くで盗賊に襲われかけていた少女ジルを助ける。彼女の村は「妖精」に荒され、子供を攫われるなどの被害を受けて困窮していた。妖精「パック」を引き連れている上にその風貌から村人はガッツを真犯人と疑う。直後に「妖精」の襲撃を受けたガッツはジルからロシーヌという少女の4年前の異変を聞き「霧の谷」へ向かう。
縛鎖の章
ファルネーゼ率いる法王庁所属の聖鉄鎖騎士団が黙示録の予言にある「黒い鷹」を追っていた。彼らは霧の谷の惨状を見て異様の念を抱き、その場に居合わせた「黒い剣士」を異端の存在と見做し、捕縛しようとする。
生誕祭の章
飢饉、疫病にあえぐ世界中の人々が、同じ夢の中に予兆を見た。世界を覆いつくす真の闇の中に一筋、光り輝く鷹が闇を切り開き、希望を見せる。そして、「盲目の羊の集う聖地」に求めし者が来ると予言が残された。
失踪したキャスカに危険が迫っている事を幼魔から宣告されたガッツは「盲目の羊の集う聖地」を目指す。一方、法王庁から異端審問官が異端者狩りで断罪の塔へ差し向けられていた。

千年帝国の鷹(ミレニアム・ファルコン)篇(22 - 巻)
受肉したグリフィスが新生鷹の団を率いてクシャーンに蹂躙されたミッドランドの大地を駈ける。一方、ガッツはキャスカやファルネーゼらを引き連れつつ、グリフィス配下の強大な力を誇る使徒やクシャーン帝国の妖獣兵と死闘を繰り広げる。

聖魔戦記の章
受肉したグリフィスは、元鷹の団団員リッケルトを訪れる。その場にガッツが駆けつけ斬りかかるも乱入したゾッドに阻まれ、両者は言葉を交わしたのち別れる。
クシャーン帝国に蹂躙されるミッドランド王国を救済するために、グリフィスは使徒らを率いて「新生鷹の団」を新たに編成する。団は破竹の勢いでクシャーンの軍勢を破り、グリフィスは救世主として崇められるようになった。
ガッツは、キャスカの身の安全を求めるべくパックの故郷「妖精郷」を目指す。そのとき、ガッツを追ってやってきたイシドロ、ファルネーゼ、セルピコが合流。一行は霊樹の森に住む魔女フローラの館で一時の休息を得た後、シールケも加わり、「狂戦士の甲冑」を手に入れたガッツは孤立無援の戦いに終止符を打つ。
クシャーン帝国は神託によりミッドランドへ侵攻し、ミッドランド首都ウィンダムを占拠。都は霧が立ち込め魍魎が跋扈する魔都と化した。
鷹都(ファルコニア)の章
「妖精郷」があるスケリグ島を目指すガッツ一行は、貿易都市ヴリタニスの城門を潜る。一行は船を求めるが、そう易々と手に入らない。そこで一計を案じたファルネーゼが旅から抜け、ヴァンディミオン家へ戻る。
法王庁教圏連合軍の出陣前夜、ヴリタニスを陥落するべくクシャーン妖獣兵が襲い来る。また「鷹」に敵対する者を殲滅せんと使徒が襲来。ミッドランド王国正規軍、クシャーン帝国軍が魔都となったウィンダムで国家存亡を賭け再度激突する。

現世(うつよ)
肉体を持った生物が生活する物質世界。「この世」。本作の世界においては、幽界干渉が無い限り物理法則に逆らった事象が起こる事は無い。又、動植物も現実の世界に存在するもののみが生息、妖精や化物の類は全て幽界の存在である。
幽界(かくりょ)
現世と表裏一体となって存在する。死んだ人間の魂や想像上の動物などが住まう精神世界。いわゆる「あの世」。幾層もの深みを持ち、同質幽体が寄り集まって出来た幾つもの領域が存在する。基本的に肉体を持って踏み込む事は不可能で魔術師は自らの幽体を肉体と遊離させた「光体」となって幽界に干渉して魔術を行使する。
深淵
幽界の深層に渦巻く思念の渦。魔の存在や魔に係わった者が死んだ場合、魂はこの渦に囚われ永遠にこの渦の中を彷徨い続け個我を失い渦の一部となる。
闇の領域(クリフォト)
幽界の領域の1つ。奥には「闇の子宮」があり、獣鬼や巨鬼を無制限に産み出す。「呼び水の剣」により異空間へと滅した。
局(セフィラ)
思念体であるゴッドハンドが通常時に身を漂わせている空間。ゴッドハンド各々の局を持つ。
狭間
現世と幽界が重なり合っている領域。幽界であり現世でもある為生きた人間も肉体を持ったまま踏み込む事ができ、生贄の烙印を刻まれた者は常にこの狭間に立たされる事となる。狭間では精神の力が物質に作用し易く、通常、現世と重なり合うのは幽界の中でも最も浅い層に限られる。主に魔術士はこの層を住処とし、人も生活できる。
霊樹の森、霊樹の館
巨大な樹と、館、及びその周辺の森。巨木信仰の本尊で200年前に朽ちた樹だったが現世での存在力が大きかった為に狭間に姿を留める存在となった。葉が茂り、樹の周囲は冬でも暖かく、治癒の力もある。霊樹の館に住む魔女フローラの手により結界が張られており、通常の人間では発見不可能だが、主に招かれた者や、狭間に身を置く者は立ち入ることが可能。また、強い念を持った人間が稀に辿り着くことがある。
妖精郷(エルフヘルム)
伝説の大妖精「花吹雪く王」が治めるエルフの楽園[5]。スケリグ島と呼ばれる西海の孤島にあるが、この島自体が狭間であり普通の手段ではたどり着けない。妖精の他にも魔術士や人が大勢住んでいるという。

器物・道具
ドラゴンころし
製作者はゴドー。身幅が広く厚い刃を備え、成人男性の背丈を軽く上回る全長と相当な重量を有している。鍔が無く柄が長めで両刃。領主から「ドラゴンを撃ち殺せるような剣」の注文を受け制作。結果、常人には持ち上げる事すら不可能な代物となった為、長らく倉庫に死蔵されていた。後にガッツが偶然倉庫から発見、以来最も多くの敵を屠ってきた主要武器となる。また、その巨大さを活かし盾代わりとして使用もされる。強靭な業物ではあるが、酷使され続けた為に一度ゴドーによって鍛え直された。又、刃身に何らかの「影」を帯び、ゾッドには「斬魔刀」と称された。
大砲付き義手
製作者はリッケルト。ゴドーの武器庫にあった有り合わせの部品を組み上げて製作した小型大砲が内蔵された武器。鋼鉄製であるため防御の役割も果たし、人間相手なら撲殺可能。ドラゴンころしと並び、ガッツの主要武器となっている。当初は発射の都度火薬を詰めて肘部分の金具を引いて砲弾を発射していたが、途中で改造され、鎧の左肩口にある紐を引く事で発射できるようになった。尚、義手としての性能は肘部分にあるバネで関節機能を果たしている他、掌部分に磁石が仕込まれており、物を握る事も出来る。この大砲を撃った反動を利用し、回転しながら斬るという「大砲斬り」も作中何度か使われており、ゲームでは正式な技として使用されている。
連射式ボウガン
製作者はリッケルト。義手に装着し、本体上部に矢を装填し、右についた取っ手を回すと連射される。一度改良され自動組み立て式となった。
投げナイフ
技は鷹の団の仲間ジュドーから教わったもの。
炸裂弾
製作者はリッケルト。ガッツが一度ゴドー達の元へ戻った折りに渡された。擦過により着火、3つ数えた後に爆発する。
ベヘリット
人間の眼や鼻や口が乱雑に配置され、使徒に転生することができ、人間の運命を司る「何か」が現世へ送った卵型の物体。「魔法の石」「異界への喚び水」とも呼ばれる。ただの物体ではなく生きており、時々瞼や口を開いたり、手荒く扱うと冷汗を掻いたり落涙する。普段は全く無害だが所有者が現世の力では贖い難い渇望に襲われた時、現世と幽界の深層を繋ぐ扉を開く鍵となる。また、「蝕」やそれに類する現象に感応した場合、小刻みに震えたり、目鼻が正しい位置に配置され目を閉じ困惑した顔になったりする。ゴッドハンド召喚時には目と口を大きく開け、見開いた目は血涙を流す。因果律によって選ばれた者が様々な形で手に入れ、たとえ紛失しても然るべき時に、然る者の手に必ず戻る。逆に因果律に選ばれていない者が入手しても、何事も無くいずれ手元を離れていく。ちなみにパックが所持し玩具にしているベヘリットの「ベッチー」はチーズが好物。
覇王の卵
真紅のベヘリット。216年に1度、現世に出現。守護天使ゴッドハンドに転生する資格がある者のみが手にすることが出来、血と肉とを引き換えに世界を手にする事が出来る。またこのベヘリットの呼応時は日蝕を伴う。
喚び水の剣
溶解したベヘリットが刀身となった異形の剣。髑髏の騎士の甲冑内で精製し作る事ができる。一閃すると通常では入る事のできない幽界への入り口を一定時間開く事が出来、空間移動の様な事も可能。剣名はベヘリットが「異界への喚び水」とも称されることに由来する。この剣はゴッドハンドを葬るための切札として常々から準備されているものだが、ゴッドハンドに察知されるのを避けるため多用を避けている発言が見受けられる。
魔子宮
製作者は呪術師ダイバ。人造のベヘリットとも言うべき代物で「転生器」とも。外見は魔物と人の肉体が溶解し混ざり合った巨大な肉の塊。使徒の体を生きたまま繋ぎ合わせて内部は羊水で満たされており、全体を頚と鎖で縛られている。懐妊した人間の女を中に入れると魔を宿した鬼の子が生まれる。使途の再転生も可能。
天然磁石の首飾り
天然磁石で出来た飾りが男女2つで対となっており、これを持つ者同士は再び巡りあうという御守りにもなっている。シャルロットの実母の遺品。
チャクラム
「戦輪」。掌大の大きさで輪の縁が鋭利な刃物となっており、投擲して空中で軌道を変える事も可能。バーキラカが使用。
ウルミン
「雷鳴」の意。一刀に5本の長くしなる刃を持つ。バーキラカが使用。
悪女の軟膏
アーモンドオイル、セロリ、ベラドンナ、トリカブト等を調合した麻酔薬。体に塗布すると五感が鈍くなり幽体を知覚し易くなる。
妖精の鱗片
羽の鱗粉には即効の鎮痛と止血作用があり、長く妖精と共に居ると多少の裂傷でも傷跡無く治癒する強力な作用がある模様。また希少ではあるが人の間で流通している。

魔法の呪物
魔術士が製作する、精霊の力が宿った道具。魔術士でなくとも使う事が出来る物もある。

ゴーレム
魔術師の使役として用いられる泥人形。小さな人形を核にそれを覆い隠す様に泥が包み込み人の形を象っている。幾ら破壊されても地面から泥を注ぎ足して再生できるが、核である小さな人形を抜き取られたり破壊されたりすると再生不能となる。
シルフェの剣・フード
風の元素霊シルフェの加護を授かった魔法の呪物。剣は大鷲の羽と宿り木の柄で作られ、柄は森で一番高い枝に生えた宿木を使用。一見すると羽箒のようだが、旋風を巻き起こして離れた敵を切り裂くことが可能。フードは身に着けた者の周囲に風を起こすことで矢や投擲された武器を吹き払い、風に乗って大きく跳躍する事もできる。
サラマンデルの短剣
火の元素霊サラマンデルの加護を授かった魔法の呪物。超高温の溶岩を魔術で短剣にしたもので、剣で斬った切り口が激しい燃焼を起す。
銀の鎖帷子・ナイフ
銀製の武具。銀には悪しき霊体を寄せ付けない効果があり、銀のナイフで切りつけられた悪霊は深刻な傷を負う。
念話の指輪
対象の一部を用いた感染魔術の応用で指輪をしている者同士の意思が双方向で伝達する、所謂テレパシーの類で魔術を会得してない者でも使用可。
狂戦士の甲冑
鉱精(ドワーフ)の手によって作られた呪いの掛かっている甲冑。着用者は肉体の限界を超えた運動能力を発揮できる上に一切の痛痒が鈍磨。その代償として肉体は出血し著しく損傷してしまう。更には骨折しても甲冑の内側から鋼の棘が飛び出し粉砕した骨を固定、甲冑が破損しても自動修復するため、着用者の心身状態に関係無く戦闘を続けさせる力を持つ。又、甲冑そのものがが着用者の激情を煽る禍禍しい気を宿し、甲冑の力に自我が飲み込まれた場合には敵味方関係無く、殺戮のみを欲する狂戦士と化し、周囲を殲滅するか本人が絶命するまで戦い続ける事となる。連用の副作用として着用者には、白髪化、色覚異常、味覚障害、震顫、視野狭窄などの症状が表れる。
サイズは着用する者の体格に合わせ可変可能。ガッツの義手とも一体化し、義手の大砲も使用可能。又、甲冑自体の形状も着用者の性質に合わせ変化する。劇中では頭部は元々髑髏の形状であったが、ガッツが着用してからは獣の形状に変化した。頭部と前腕の部分は普段はマントと一体化するような形で隠れており、甲冑の力を発動させると共に具現化し全身を覆う。

建築
ドルドレイ城塞
ミッドランド国境付近の大要塞。二重の城壁は厚みも高さも通常の倍はあり、城塞の前は盆地、背後には断崖絶壁を控えるという立地から、難攻不落と謳われる。
かつてはミッドランド国境防衛目的に建造されたがチューダーが占拠、ミッドランドへの攻撃の最大拠点となっていたが落城。
再生の塔
ミッドランド王城にある呪われた過去を封印するため、同国建国以前に築かれたと云われる古塔。作中では牢獄として使用され、罪人が留置されている。塔の内部は中空で内側が螺旋状の階段となっており、どの山よりも深いという縦穴の底には覇王ガイゼリックが築いた帝都が眠っていると言い伝えられている。塔の最下層には額に生贄の烙印を刻まれた人間の古い死体が積まれていた。
聖アルビオン寺院
法王庁の直轄領内にあり、ミッドランドとの国境に近い所に聳える古い巨大な寺院。ゴドーの鉱洞から北東に街道を徒歩で3日ほど行った所にある。かつて覇王ガイゼリックの時代、ここに幽閉されて拷問を受けていた賢者がガイゼリックへの天罰を願い続け、天使を降臨させたという言い伝えが残っており、それに由来する「断罪の塔」の別名をもつ。:ガッツ達の時代には、疫病を逃れてきた難民が集っていたが、この地に邪教徒が紛れ込んでいたことから法王庁の異端審問官が差し向けられ背信者裁判の場となっていた。
列柱の間
一時クシャーンに制圧された領土であったが、領土を奪還した折、クシャーンの宮殿の一部を記念碑とした迎賓館裏口にある、通常よりも狭い間隔で作られた膨大な柱が林立する場所。別名”柱の森”。

2009年01月26日

バッハは幅広いジャンルにわたって作曲を行い

バッハは幅広いジャンルにわたって作曲を行い、オペラ以外のあらゆる曲種を手がけた。その様式は、通奏低音による和声の充填を基礎とした対位法的音楽という、バロック音楽に共通して見られるのものであるが、特に対位法的要素を重んじる傾向は強く、当時までに存在した音楽語法を集大成し、さらにそれを極限まで洗練進化させたものである。従って、バロック時代以前に主流であった対位法的なポリフォニー音楽と古典派時代以降主流となった和声的なホモフォニー音楽という2つの音楽スタイルにまたがり、結果的には音楽史上の大きな分水嶺のような存在となっている。

バッハはドイツを離れたことこそなかったが、大変に勤勉かつ勉強熱心で、幅広い音楽を吸収した。ダングルベール、リュリ、クープランなどのフランス音楽からは細部の語法や優美さ、フレスコバルディ、コレッリ、ヴィヴァルディなどのイタリア音楽からは明朗な旋律やくっきりした形式感、南ドイツの音楽(フローベルガーやパッヘルベル)に見られる暖かな叙情性、北ドイツの音楽(スウェーリンク、ヴェックマン、ブクステフーデなど)からは深い幻想性や重厚な和声感、さらにはイギリス音楽の代表者パーセルや、ルネサンス時代後期のイタリアの作曲家パレストリーナに代表される「古様式」までもを研究した。そういった様々な要素をバッハは完全に消化して、彼自身の個性に満ち溢れた偉大な音楽を創りあげたのであった。とりわけ、古典派のソナタにも比すべき論理性と音楽性を持つフーガの巨匠として名高い。

当時、ヘンデルやテレマンを含めた多くの作曲家は、作曲するにあたって、曲の大まかな形を記すにとどめ、演奏家はそれに複雑な装飾を加えるなどして演奏していた。しかしバッハは、比較的細部まで楽譜に記した点で特徴的と言える。

ベートーヴェンがバッハについて語った『和声の父祖』、『「小川(バッハ、bach)」ではなくて「大海 (Meer)」』という言葉は、現在ではドイツ音楽中心主義的な発言として批判的に語られることもあるが[要出典]、それでも、彼の遺した作品とそこに用いられた技法は、いわば西洋音楽のエッセンスを凝縮したものと言うことができるだろう。それゆえに、現代においてもなお新鮮さを失うことなく、ポップスやジャズに至るまで、あらゆる分野の音楽に応用され、多くの人びとに刺激を与え続けている。

バッハの作品はシュミーダー番号(BWV、「バッハ作品目録」 Bach Werke Verzeichnis の略)によって整理されている。「バッハ作品目録」は、1950年にヴォルフガング・シュミーダーによって編纂され、バッハの全ての作品が分野別に配列されている。また1951年からドイツのヨハン・ゼバスティアン・バッハ研究所(ゲッティンゲン)で「新バッハ全集」の編纂が開始され、1953年にバッハアルヒーフ(ライプチヒ)もこの編纂に参加するが、10年で終わると予想されていた編纂作業がドイツの東西分断など事情で難航し2007年に「新バッハ全集」103巻が完成した。「新バッハ全集」には1100の作品が収められている。現在も作品の整理が継続中である。

管弦楽・協奏曲
バッハの器楽だけによる合奏曲では、ブランデンブルク協奏曲、管弦楽組曲、複数のヴァイオリン協奏曲、チェンバロ協奏曲などがある。特にブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲には、G線上のアリアのもととなる楽章など、広く親しまれている作品が多い。 なお 4台のチェンバロのための協奏曲BWV1065は、アントニオ・ヴィヴァルディの協奏曲(協奏曲集『調和の霊感』Op.3の10、4つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲」の編曲である。

室内楽曲
室内楽曲作品はそれまで伴奏として扱われてきたチェンバロの右手パートを作曲することによって、旋律楽器と同等、もしくはそれを上回る重要性を与え、古典派の二重奏ソナタへの道を開いたヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ、フルートとチェンバロのためのソナタ、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタなどは特に重要である。なお、バッハの場合の「ソナタ」とはいわゆるバロック・ソナタ(大部分が緩・急・緩・急の4楽章からなる教会ソナタのスタイルをとる)であり、古典派以後の「ソナタ」より簡潔な形である。

器楽曲

オルガン曲
バッハの器楽曲で特に有名なものはオルガン曲である。生前のバッハはオルガンの名手として著名で、その構造にも精通していた。また聴覚に優れ、教会やホールの音響効果を精緻に判別できた。そのため、各地でオルガンが新造されたり、改造された際にはたびたび楽器の鑑定に招かれ、的確なアドバイスとあわせて即興演奏をはじめとした名技を披露し、聴衆に圧倒的な印象を与えたと伝えられている。『故人略伝』が伝える有名な逸話として、1717年、ドレスデンにおいてフランスの神童と謳われたルイ・マルシャンと対戦することになった際、マルシャンはバッハの余りに卓越した演奏に恐れを為して対戦当日に逃げ出し、結果バッハの不戦勝となったという。
シンジケ ビシー リング 毬つき パイラ ハート ピーフォ プロフ たらのき ドロー サバラン かっぽう レッドベ カード シップ バーディ デシジョン たらのき キャスク レザー ギブアン デコーダ トップ パパイヤ バイオレ オロジー テルミン テンレポ カクタス モスク もくず ミシンポ ワンコイン フォルシェ ブルガリア トロント ルーメン タウン オーソス シライド おにしま レーサコテ ファイン パワー バカロ ショーツ メニュー ヤングリ マイカー ふとう

バッハのオルガン作品は、コラールに基づいた「コラール編曲」と、コラールに基づかない「自由作品」(前奏曲、トッカータやフーガなど)の2つに分類される。楽曲の特徴としては、足鍵盤パートが完全に独立した声部として重視されている点が挙げられる。また、北ドイツ・オルガン楽派の影響を受けた初期作品の奔放な幻想性から、後期作品の古典的完成美までの様式的進展を跡付けることも可能である。現存する主要作品は、30曲余りの自由作品と、コラール前奏曲の4つの集成(オルガン小曲集を含む)、 いくつかのコラール変奏曲である。

クラヴィーア曲
バッハの時代には、ピアノはまだ普及するにいたっておらず、彼のクラヴィーア(オルガン以外の鍵盤楽器の総称)作品は、概ねチェンバロやクラヴィコードのために書かれたものとされている。その多くはケーテンの宮廷楽長時代に何らかの起源を持ち、息子や弟子の教育に対する配慮もうかがえるものとなっている。練習曲であるが、非常に美しく、また難易度も高い。

平均律クラヴィーア曲集 (Das wohltemperierte Klavier 独)(全2巻、第1巻 BWV846‐BWV869、第2巻 BWV870‐BWV893) - 長短24調による48の前奏曲とフーガ。ベートーヴェンのソナタがピアノの新約聖書と称されるが、このバッハの平均律クラヴィーア曲集はピアノの旧約聖書と称される。音楽史上もっとも重要な作品群である。
クラヴィーア練習曲集(全4巻、第1巻「パルティータ」BWV825‐BWV830、第2巻「フランス風序曲」BWV831及び「イタリア協奏曲」BWV971、第3巻「前奏曲とフーガ変ホ長調」BWV552、コラール編曲BWV669‐689及び「デュエット」BWV802‐805、第4巻「ゴルトベルク変奏曲」BWV988) - バッハが生前に出版した鍵盤作品集。第1巻、第2巻及び第4巻は手鍵盤のための作品だが、第3巻には足鍵盤つきのオルガン曲が多く含まれている。

その他器楽曲
旋律楽器のための無伴奏作品集には無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ、無伴奏チェロ組曲の2つがある(この他、無伴奏フルートのためのパルティータが1曲ある)。これらは、それぞれの楽器の能力の限界に迫って多声的に書かれた驚くべき作品群であり、それぞれの楽器の演奏者にとっては聖典的な存在となっている。特に、無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番の終曲にあたるシャコンヌは非常に人気の高い作品で、オーケストラ用やピアノ用など、19世紀以降様々な編曲が行われている。

また、無伴奏作品が注目されがちなバッハであるが、旋律楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバ、フルート)とチェンバロのためのソナタも残しており、これらはチェンバロのパートが当時(彼の息子の時代になっても)一般的であった通奏低音にとどまらず右手があたかもひとつの旋律楽器のように扱われている(オブリガート)点でトリオ・ソナタの形式を応用したものといえ、あるいは後の古典派以降のソナタにつながる作品群ともいえる。

声楽曲
バッハはその音楽的経歴の大部分を教会音楽家として送り、宗教的声楽曲は彼の作品群の中でも非常に重要な位置を占める。特に、ライプツィヒ時代の初期数年間においては、毎日曜日の礼拝にあわせて年間50~60曲ほど必要となるカンタータをほぼ毎週作曲、上演するという、驚異的な活動を行った。

ちなみに、彼は、宗教曲の清書自筆譜の冒頭に「JJ」(羅:Jesu juva!=イエスよ、助けたまえ)と、最後に「SDG」(羅:Soli Deo Gloria!=ただ神のみに栄光を)と書き込むことを常としていた。
今日残されているのは、ドイツ語による約200曲の教会カンタータ、2つの受難曲と3つのオラトリオ、6曲のモテット、ラテン語によるマニフィカト1曲、小ミサ曲4曲と大ミサ曲1曲が主要なものである(ドイツ語作品では、ルター派の伝統に立脚したコラールが音楽的な基礎となっていることが多い)。これらはテクストの内容に密着しながらも、それを越える深い人間的な感情に満たされており、われわれに慰めをあたえてくれる傑作の宝庫である。

また、それとは別に、宗教的な題材によらない約20曲の世俗カンタータもある。目的は様々で、領主への表敬、結婚式や誕生日祝い、さらにコーヒー店での演奏会用の作品と見られるもの(『コーヒー・カンタータ』、BWV.211)もある。その中にはしばしばユーモアが滲み出ており、バッハの人間性にじかに触れるかのような楽しさが感じられる。なお、テクストを取り替えること(パロディと呼ばれる)によって宗教的作品に転用されたものも存在する。

マタイ受難曲 (Matthäuspassion) BWV244
古今の宗教音楽の最高峰のひとつとされ、2部全68曲(曲数は新バッハ全集 (NBA) の数え方による)からなる。1727年にライプツィヒにて初演された。後世、メンデルスゾーンによって取り上げられ、バッハを一般に再認識させるきっかけとなったと言われている。
ミサ曲 ロ短調 (MESSE in h-moll) BWV232
ミサ曲ロ短調は「バッハ合唱曲の最高傑作」と称されている。最初の2つの部分、キリエ(Kyrie )及びグローリア(Gloria ) は1733年に、サンクトゥス (Sanctus ) が1724年に書かれ、残り大半は1747年から49年にかけて既存作品を利用しつつ作曲された。最近の研究では、バッハが最後に完成させた曲とされる。
マニフィカト BWV243
ラテン語の歌詞を伴う明るい作品であり、他のカンタータなどのようにドイツ語の歌詞やコラールを伴わない。深刻な音楽を好まないラテン系の諸国においては、バッハの作品として人気が高い。

特殊作品
バッハが特に晩年になってから手がけた様々な対位法的作品群が、一般に特殊作品として分類されている。作曲技法が手段ではなく目的となっている点で特殊といえる。音楽の捧げものBWV1079やフーガの技法BWV1080に代表される。この2つの作品は、いずれも1つの主題に基づいて作られており、フーガあるいはカノンの様々な様式が用いられている。

このほか特殊作品として、幾つかの単独のカノンや14のカノンBWV1087がある。カノン風変奏曲「高き御空より」BWV769もここに含まれるべきであるが、楽器指定が明確であるためオルガン曲として分類されている。

2009年01月18日

歴代ドイツ騎士団総長

ハインリヒ・ワルポット・バッセンハイム(1198年 - 1200年)
オットー・フォンケルペン(1200年 - 1209年)
ハインリヒ・バルト(1209年 - 1210年)
ヘルマン・フォン・ザルツァ(1210年 - 1239年)
コンラート・フォン・テューリンゲン(1239年 - 1240年)
ゲルハルト・フォン・マールベルク(1240年 - 1244年)
ハインリヒ・フォン・ホーヘンローエ(1244年 - 1249年)
グンター・フォン・チューリンゲン(1249年 - 1252年)
ボッホ・フォン・オステルナ(1252年 - 1256年)
アンノ・フォン・ザンガースハウゼン(1256年 - 1273年)
ハルトマン・フォン・ヘルドルンゲン(1273年 - 1283年)
ブルヒャルド・フォン・シュヴァンデン(1283年 - 1291年)
コンラート・フォン・フォイヒトヴァンゲン(1291年 - 1297年)
ゴットフリート・フォン・ホーヘンローエ(1297年 - 1303年)
ジークフリート・フォン・フォイヒトヴァンゲン(1303年 - 1311年)
カール・フォン・トリアー(1311年 - 1324年)
ヴェルナー・フォン・オルセルン(1324年 - 1331年)
ルター・フォン・ブラウンシュヴァイク(1331年 - 1335年)
ディートリッヒ・フォン・アルテンブルク(1335年 - 1342年)
ルードルフ・ケーニヒ・フォン・ヴァイツァウ(1342年 - 1345年)
ハインリヒ・デューゼマー・フォン・アルフベルク(1345年 - 1352年)
ヴィンリッヒ・フォン・クニップローデ(1352年 - 1382年)
コンラート・ツェルナー・フォン・ローテンシュタイン(1382年 - 1391年)
コンラート・フォン・ヴァレンロード(1391年 - 1393年)
コンラート・フォン・ユンギンゲン(1393年 - 1407年)
ウルリッヒ・フォン・ユンギンゲン(1407年 - 1410年)
ハインリヒ・フォン・プラウエン(1410年 - 1414年)
ミヒャエル・キュヒマイスター・フォン・シュテルンベルク(1414年 - 1422年)
パウル・フォン・ルスドルフ(1422年 - 1441年)
コンラート・フォン・エルリックスハウゼン(1441年 - 1450年)
ルートヴィッヒ・フォン・エルリックスハウゼン(1450年 - 1469年)
ハインリヒ・ロイス・フォン・プラウエン(1469年 - 1470年)
ハインリヒ・レフレ・フォン・リヒテンベルク(1470年 - 1477年)
マルチン・トルホゼス・フォン・ヴェッツハウゼン(1477年 - 1489年)
ヨーハン・フォン・ティーフェン(1489年 - 1498年)
フリードリヒ・レフレ・フォン・ザクセン(1498年 - 1511年)
アルプレヒト・フォン・ブランデンブルク(1511年 - 1525年)
(プロイセン公1525年 - 1568年)
ヴァルター・フォン・クロンベルク(1527年 - 1543年)
ヴォルフガング・シュッツバール(1543年 - 1566年)
ゲオルク・フント・フォン・ヴェンクハイム(1566年 - 1572年)
ハインリヒ・フォン・ボーベンハウゼン(1572年 - 1590/95年)
マクシミリアン・フォン・エスターライヒ(1590/95年 - 1618年)
カール・フォン・インナーエスターライヒ(1618年 - 1624年)
ヨーハン・オイスタッハ・フォン・ヴェスターナッハ(1625年 - 1627年)
ヨーハン・カスパール・フォン・シュターディオン(1627年 - 1641年)
レオポルト・ヴィルヘルム・フォン・エスターライヒ(1641年 - 1662年)
カール・ヨーゼフ・フォン・エスターライヒ(1662年 - 1664年)
ヨーハン・カスパール・フォン・アンプリンゲン(1664年 - 1684)
ルートヴィヒ・アントン・フォン・プファルツ=ノイブルク(1684年 - 1694年)
フランツ・ルートヴィヒ・フォン・プファルツ=ノイブルク(1694年 - 1732年)
クレメンス・アウグスト・フォン・バイエルン(1732年 - 1761年)
カール・アレクサンダー・フォン・ロートリンゲン(1761年 - 1780年)
マクシミリアン・フランツ・フォン・エスターライヒ(1780年 - 1801年)
カール・フォン・エスターライヒ=テシェン(1801年 - 1804年)
アントン・ヴィクトル・フォン・エスターライヒ(1804年 - 1835年)
マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・エスターライヒ=エステ(1835年 - 1863年)
ヴィルヘルム・フォン・エスターライヒ(1863年 - 1894年)
オイゲン・フォン・エスターライヒ(1894年 - 1923年)
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ノルベルト・クライン(1923年 - 1933年)
パウル・ハイダー(1933年 - 1936年)
ロベルト・シェルツキー(1936年 - 1948年)
マリアン・トゥムラー(1948年 - 1970年)
イルデフォンス・パウラー(1970年 - 1988年)
アルノルト・オトマル・ヴィーラント(1988年 - 2000年)
ブルーノ・プラッター(2000年 - )